都会ウサギと四葉のクローバー

 物心ついたときから、俺は都会で一匹で生きてきた。小さいときは、カラスに襲われそうになったり、猫に食われそうになったこともあったが、体が大きくなった今は、そんなこともなくなった。車に引かれないコツも覚えた。犬だけは怖かったが、首から伸びている紐の長さを見誤りさえしなければ、吠えられるだけで実質的な害はなかった。
 普通、都会にウサギはいない。情報通のネズミから聞いたことによると、ウサギというのはたいてい野原にいるらしい。野原というところは、柔らかな土というものに覆われていて、そこからにょきにょきと新鮮な草がいっぱい生えている天国のようなところらしい。ああ、地面から食い物! 想像しただけで、俺の鼻はひくひく動く。人間の食い残しじゃなくて、とれたての緑の葉っぱ!
 そのとき、本当に葉っぱのいい匂いがした。俺は鼻を動かし、辺りを探索する。道に一枚だけ葉っぱが落ちていた。しかも大好物のクローバーだった。
「それ、四葉だね」
 見上げると、二階の窓に黒い猫が寝そべっていた。一瞬、身構えたが、猫は俺には興味がなさそうだった。でっぷりと太っている。食べ物も遊び道具にも不自由してないのだろう。でも、だからといって、まるきり無視して怒らせたらどうなるか分かったものじゃない。俺は、クローバーをくわえると、顔を上にあげて猫に向かってよく見せてやる。
 猫は尻尾をぱたぱたさせて言った。
「四つあるのを見つけると人間は喜ぶんだよ。幸運のしるしだとか何とか言って」
 確かに葉が四つあった。いつもより一枚よぶんに食べられるのはラッキーだ。だが、人間が喜ぶかどうかは、俺にはまったく関係ない。
「食べるのか?」
 当たり前だ。俺がうなずくと、猫がにやにやして言う。
「食べると腹は満ちるけど心は満ちない。人間にやれば腹は満ちないけど心は満ちる」
 一体どういうことだろう。腹が減ったままで、心という何だか得体の知れないものが満ちたところで、何の得があるというんだろう。
「心が満ちると、ふわっとするんだ。いいものが体いっぱいに広がって、気持が大きくなるんだぜ」
 猫は伸び上がり、鈴を鳴らして部屋の中へ去っていった。
 俺は四葉のクローバーを、まじまじと見る。飼い猫のたわごとなんていちいち聞いてられるか、と思ったが、食べることはしなかった。四葉をくわえて、ぴょんぴょんと走っていく。歯に茎があたって、汁がわずかに口の中に広がった。青い甘い野原の味。鼻の先には、いい匂いの丸い葉っぱが揺れている。よだれが出たが、それでも俺は、食べずに我慢した。
 やがて、小さな路地のドアの前にたどりついた。そこはカフェだった。ときどき俺に店の残り物をくれる女の子が、一人でお店をやっている。
 中から足音が聞こえてきた。俺はいつものように姿勢をただすと、四葉のクローバーがよく見えるように顔をあげて、女の子が特製サラダを持って出てくるのを静かに待った。 <了>