第五回「犯人/太宰治」

 久々に朗読アップしました。二ヶ月半ぶりだ。
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 太宰治の短編「犯人」という作品を読みました。つまらぬ男のつまらぬ事件である。なのに太宰はこれを面白い小説にしちゃうのだ。面白いというか、興味深いというのだろうか。目が離せない。この主人公のあまりの平凡さにわたしは、ぞっとする。小説の世界ではドラマティックでない主人公が異様で不気味なのだ。わたしたちの多くは所詮この男のようにつまらぬ物語を生き、つまらぬ人間であるということを思い知らされる。
 わたしはよくこんな光景を夢想する。たとえばわたしは、しがない歩兵。戦に臨むわたしは、日頃の貧しさの鬱憤をつのらせ、一山当ててやるという猛々しい闘志と、これから自分の身に起こるであろうドラマに興奮して、大将の首を取るつもりですらいる。なのに、戦の火蓋が切られた瞬間、何の活躍もなく、味方の馬に蹴られて死んでしまう。そんな光景。バリエーションはいっぱいある。別にこれは悲劇的な感傷でも高尚な思想でもなんでもない。テーブルのカードをめくるように、そんな光景を夢想し、テーブルの下に放り捨てる。カードの多くは絵のない札だというだけだ。
 この作品の文章は実況中継風。たった一言で、場面が転換していく。ぽつん、ぽつんと配置された単語が、時間を確実に刻む。少しでもそれを表すことができたならいいのだけれど。
 太宰は早くに亡くなったから、全ての作品が著作権が切れていて読み放題だ。それが悲しい。この作品には現代と同じ地名や電車がいっぱい出てくる。京都の左京区の、とか。京阪電車の四条駅なんて出てきてどきりとした。