ドストエフスキーごっこ失敗

 カラマーゾフの兄弟の上巻を読み終えました。ドストエフスキーの小説の登場人物のような喋りで日記を書こうと、パソコンの前に座って固まってみること数十分。書いては消して書いては消して結局挫折しました。頭の中では、あんなにぐるぐるとやつらがまくしたてているというのに、ひとかけらだって頭の外に引きずり出すことが出来なかった。ああ、もううるさいよ君は。あ、違うよ。ごめん、頭の中のイワンに言っただけだから。
 毎回思うんだけど、ドストエフスキー変人で天才だよなあ。どうしてこんなにたくさんの余計なことを登場人物に喋らせることがでくるんだろう。「余計なこと」ってのは、その場面で言わなくていいことって意味で、彼の登場人物は喋らなくてもいいことまで延々と喋り続ける。それがすごい。で、その喋りは余計なことだから無駄なのかといえば全然そうじゃなくて、その場にそぐわないことを延々と喋ることによってその登場人物の性格がすっかり分かってしまう。自己顕示欲が強すぎたり。ナルシストだったり。ずるがしこくて、でも心の底にはねじまがった深い悲しみを抱いていたり。文字しかない小説において、容姿や行動を描写されるよりも、こんな長セリフの方が強烈だ。背が高く、あごひげを生やしている紳士が、鷹揚な動作で椅子に座った、とあったとして、わたしの頭の中で、文字から得た視覚的な情報は、読む→理解する→一生懸命想像する、というゆっくりとした処理が行われる気がする。でも、セリフは読むだけで声が聞こえてくる。想像するより先に勝手に声が聞こえてくる、気がする。ページいっぱいセリフだらけのドストエフスキーの小説は、本当にうるさい。うるさくて鮮烈で能動的にわたしを捕まえる。
 セリフだらけというのでサリンジャーを思い出すんだけど、彼の小説はひとつの短編で数人が語ったりはしないな。せいぜい二人くらいじゃないでしょうか。だけどドストエフスキーは、もう語る語る。誰もが語る語る。どうして書き分けられるのさ。これはもう彼の中に、複数の人間がいて、生き生きと立ち回っていたとしか思えない。忙しい頭だなあ。

 てんかん発作持ちだったことと関係があるんだろうか。雷に打たれたような激しい文体とか、極端な登場人物たちとか、彼がてんかん持ちだったことと大いに関係ある…ってみんな言ってるし。興味深いです。すごい作品を見ると作者の生い立ちとかエピソードが知りたくなる。自分が作者の立場だったら、ああこういう体験をしたからこんな話を書いたのかなんて分析されたら、ほっとけって言いたくなると思うんだけども、でも作家論ってイケナイ魅力って感じで心惹かれて病まない。天才の人生はそれ自体がすごい面白い物語なんだもの。ところで、このドストエフスキーをモデルにして小説を書いた現代作家がいる。ノーベル文学賞を受賞したクッツェー(美形のおじさま)だ。

ペテルブルグの文豪 (新しい「世界文学」シリーズ)

ペテルブルグの文豪 (新しい「世界文学」シリーズ)

 確か読書の記録にもこの本のこと書いたよなあって探したらあった。
http://www.geocities.jp/chiku_kan/kiroku/ki86.htm

 ドスト・エフスキーを主人公にした小説。歴史小説というよりも完全にフィクション。設定も現実と同じところもあれば違うところもある。全編主人公は「彼」で語られるが、一人称の小説の印象を残すくらい徹底して「彼」の内面を描き出し、彼を描写しつくしている。息子を亡くし、息子が下宿していた部屋に住む。時折彼を襲うてんかん発作。作家としての名声を獲得しているはずなのに満たされない鬱々とした気持ち。賭博で作った借金から逃れるために別の名を語る。革命の萌芽。重い題材のはずなのに、徹底した一人の主人公から見える世界観がこの小説を不思議な魅力にしたてあげている。本家のロシア小説と違い、物語を少し距離を置いて語っている感じがする。ってか読めずに挫折したんだけどね、ドストの小説は…(--;)。まあいずれ時期がくれば読めるだろう。
 クッツェーの書く中年男はとてもいい。腹黒くて苦悩に満ちていてでもその苦悩を自分の内側に閉じ込めて決して外には出さない。読者にだけそっと見せてくれる。その見せ具合がいい。

 「ドスト・エフスキー」って書いてる…!!! 超恥!馬鹿!わたし馬鹿!しかも2005年ってそんなに昔じゃないじゃん…!!恥ずかしい!後で修正するので、今のうちにしっかり笑ってやってください。今この本読んだらまた面白いだろうな。

 まだ続きます。こんなドストエフスキーの長セリフ小説を映画化した不遜で素敵な映画監督がいます。アキ・カウリスマキです。

 http://movie.goo.ne.jp/dvd/detail/D110956141.html
 京都会館で特集やってるときに見れました。青年ラスコーリニコフはもっと若いイメージだったので一瞬、ショックでした。でも面白かったです。巨匠ヒッチコック先生が、この小説のセリフを一言も削ることはできないから映画化は無理だと言ったので、敢えてやったらしいです。処女作です。登場人物がほとんど喋らないカウリスマキの映画は、この作品でもいい味出してました。そう、この長セリフは小説の手法なんでて、映画で同じことしても駄目で、いっそここまでやってくれた方がいいんだろうな。