1日中、読んでいた

 1日中、小説を読んでいた。ネットからも現実からも離れていた。ああ滞っているなあと自分が感じたときは、ほかの世界へ出かけてくる。戻ってくると、滞っていたと思っていた物事の進め方がひょいと分かったりする(こともある)。 
 最近は小説の読み方が変わってきた。自分が試行錯誤して必死に小説を書いているうちに、書かれたすべての小説に対する敬意のようなものが湧いてきて、それはすべての小説が手放しで面白いなんて言えないけれど、ただそこに存在していることに対する敬意というか、何と言うか。たとえるなら、いろんな人間がいるけれど、全員がわたしと気が合うわけじゃないし、わたしの考え方と全然違う人もいて、嫌いな人もわたしを嫌う人もいるけれど、でもそれぞれにそれぞれの人生や人間関係があって、それに対しては敬意を払いたい、そんな感じ。
 小説に対して、付き合ってみるように読むようになった。以前は品評会の審査員みたいな感じで、よい小説、悪い小説、と振り分けるような読み方をしていた。自分の評価基準に添って粗を探してどんどん減点していくような。でもそんな読み方、自分の滋養にならないし。おまけに、自分が面白くないって思ったものを、絶賛してる人たちを見て、何でそんなものが面白いんだ、と腹を立てたりして。狭量すぎ。あれだな…。きいいっ!あんな子がもてるなんて信じられない!的な。これは嫉妬か。嫉妬なのか…。どう考えても嫉妬だよなあ。(読書の記録、反省してます。)
 あとは、一度読み終わって気に入った小説を、また見返して読むようになった。以前は一度読んだら終わりだった。そこに何が書かれているかだけにしか興味がなかったから、ストーリーの結末を知ったらもう小説を読み返すことはなかった。でも今は、どう書かれているのか気になる。仕組みが知りたくて、分解するように、何度も読んでしまう。
 書いてて今更感が溢れますが。あんなに読書してきたのにな。31才は今までの自分洗いざらい総点検建て直しの年のようです。ということで、自己嫌悪する暇があったら、前向きにがんばります。
 ちなみに今日読んでたのはこれ。

白い巨塔 (1965年)

白い巨塔 (1965年)

 面白かった。これだけたくさんの人間が出てくるのに誰が何をしたいかがはっきり分かって、それぞれが絡み合って一斉に動いていって、なんという手腕か…と思いました。有名な作品。ドラマ化もされていて、今更感、溢れますが。権力抗争の腹黒いあれこれ。でも何だか、全員憎めない。主人公の財前にいたっては、あんなにいろいろ腹黒いのに、本当に全然憎めない。たぶん、人としてのどうしようもない弱さを巧みに書いているからなんだと思う。
 さて、滞った問題は明日解決しよう。