公園おじさん

 その小さな公園は誰にでも開かれていた。夜明けとともに小さなスズメたちが飛んできて木々を占領し甲高い声でさえずった。朝は若いジャージ姿の男性がランニングを始めるための準備運動をした。やがて小さな子供たちをつれて遊びに来る母親たちの話し声でにぎやかになり、昼になるとお弁当を持ったスーツ姿の女や男がどこからともなくやってきた。
 公園の緑はいつも丁寧に手入れされ、芝生の上にはタバコの吸殻ひとつ落ちていなかった。トイレも気持ちよく磨かれていた。ひとりの老いた清掃夫がいつもきれいにしているのだ。彼は、みんなから、公園おじさんと呼ばれて親しまれていた。
 公園の真ん中には背の高い時計があった。何の変哲もない時計だったが、公園に訪れた人たちはよくそれを見上げた。居心地のいい場所だから、時計を気にしていないと、ついつい長く居すぎるのだ。
 時計が止まっていることに最初に気がついたのは、ひとりの若い事務員だった。公園でお弁当を食べて、まだまだ昼休みの時間はたっぷり残っていると思ってのんびりと会社に戻ったら既に会議が始まっていて、上司にどやされた。
 夕方に来た小学生たちは、時計をひとめ見るなり今日は使い物にならないことを判断した。時計は0時半を指したままだった。
 公園おじさんの死体を最初に発見したのは朝一番に訪れたジャージの男だった。あっという間に公園は赤いランプの車に取り囲まれ、ものものしいロープが貼りめぐらされた。黒い制服の男たちが、靴を鳴らしながら歩きまわった。
 調べるまでもなかった。時計の横に高い脚立が置いてあった。警察官は自分の腕時計を見て、それから公園の時計を見上げた。どちらもちょうど6時を指していた。昨日は0時半で時計が止まっていたという近所の人の証言があてになるとしたら、公園おじさんは、時計の電池を交換して時計の針を直したあと、誤って落下したのだ。
 公園を愛していた人たちが集まって、時計に花をたむけて悲しんだ。
あんな危険なことまで彼にやらせるなんてひどいじゃないか、と誰かが涙ながらに言った。その場の誰もがそうだと声を挙げた。公園おじさんは、おじさんと呼ばれていたけれども、もうかなりの老人で、高い場所にある時計の電池を変えるなんて無茶な仕事だった。彼を雇っていた公園の管理者に抗議しましょうよ、と若い母親たちが声を挙げた。
「やつを雇っていた人間なんて存在しない」
 公園おじさんと同じくらい老いた男が、ぼそりと言った。
「やつが全財産を投げ打って公園を作ったときは、馬鹿なことをするなと俺も思ったさ、 と、でも、自分が手入れした公園にいろんな人が集まってくつろいでいるのを見るのが何よりの楽しみだったみたいだな。あいつは、公園と結婚したようなもんだ」
 
<了>