個展の詳細

個展の詳細。

物語は二列に分かれて同時進行する。歩きながら読んでいく大きさで、時系列は同じだが、視点が違う。最初は、喫茶店に入ってきた女と、喫茶店にいた男のそれぞれの視点で物語が進んで行くことになる。

【女の視点】(上の段)
「喫茶パピヨン」と書かれた看板を前にして、女は立ち尽くしていた。手書きのメニューや張り紙が貼ってあって、やる気はあるようだが、センスがない。中を覗いてみる。休日の昼下がりで、他の珈琲屋は軒並み満席か行列待ちだったのに、がらがらに空いていた。普段なら絶対入らない店だ。だが、女は、どうしても今、珈琲が飲みたかった。意外と隠れた名店かもしれない、と、自分に言い聞かせ、女は店の扉を押した。
 薄暗い室内には、カウンター席とソファー席が数席。奥には、なぜか巨大な信楽焼きの狸が据えられている。女は、狸の隣のカウンター席に腰をおろした。
 入り口に近い席で、新聞を広げてくつろいでいる男は、常連客だろう。他に客はいないと思っていたのに、視線を感じて振り返ると、後ろのソファーに、もう一人いた。根暗そうな男が、なぜか、こちらをにらんでいる。新参者の女が自分の縄張りを荒らしたとか、何とか思っているのだろう。
 女は灰皿を引き寄せながら、ふん、と鼻で笑った。どこにでもいるのよね、ああいう、独占欲の向け場所を間違えてる男って。

【男の視点】(下の段)
 店に入ってきたのが若い女だと分かった瞬間からずっと、男は、腰を浮かして女の様子を観察している。
 飾り気がなく、隙のない格好をしている。きっと、一人で何でもさっさとやってしまうタイプだ。しかも、人の意見はきかないが、自分の思ったことは、ずばずば言う性格の女。
 男は、溜息をついた。
 わざわざ、こんな居心地の悪い店を選んで入ってこなくてもいいのに。
 女は、何食わぬ顔でカウンター席に腰を降ろし、珈琲とトーストを注文した。
 まずい、あれは危険だ。何としてでも、止めなければ。男はカバンから手帳を取り出すと、ページの一枚に走り書きをして破りとった。


 ソファー席に座っていた男が女にメモを無言で渡す。女はメモをひっくり返して中身を見る。メモの中身は、閲覧者自らボードをめくって確かめてもらう。

 そこには「珈琲の感想を口にするな。」と手書きの文字で書いてある。物語が進むとカウンター席の女は半ば強引に男の席に移動させられ、二人の視点が合流する。壁の切り替わりを利用して場面を変えていく。
 新たに上の段には、喫茶店のマスターと常連客の視点が加わって、物語はぐだぐだと奇妙な方向に進んでいく。


 最後は、こんな投げっぱなしの問いかけで終わる。

 気楽に書いてもらおうと猫の付箋を用意。個展の日数が進むと、猫がだんだん増えていって、なかなか可愛い。ここに書いてもらったアイデアから、続きを生み出して物語にしてしまおう、という予定。国語の問題のごとく硬直してしまう人や、何度も読み返して考えこむ人や、一生懸命わたしに説明してくれるんだけど言葉にできないやと諦める人や、いろいろで面白かった。人のを読むのは楽しい。

 さて、これが今回わたしの考えた「小説展」でした。手書きの原稿をぺたぺた貼ったり本を積み上げたり創作過程を見せたりリアルタイムで書いてパフォーマンスしたり、書き下ろし小説をたくさん持って帰ってもらったり、などなど、いろいろなアイデアを考えたけれど、「ちゃんと読めるもの」「楽しめるもの」「展示でしかできないこと」をやろうと思ったら、こんな形になりました。
 まだまだ課題や改善点はたくさんあるものの、わざわざ遠くから来てくれた人たちが「面白かった!」と言ってくれたので、ひとまずは成功かなあ。でもまあ二回目は同じ手は使えないしね。同じ手を使うなら、もっと面白くないと納得できないだろうしね。どうなるかな。
 小説を展示で見せようなんて妙な試みだけど、本では得られないことをたくさん得られた気がします。またやりたいです。万全を期して。まずは2作目の長編を仕上げるのを第一優先にして、それが発売できることになったら、それに合わせて個展をしたいなあと、なんとなく思ってます。校了して発売までの期間は著者はやることないしね。
 まずは2作目が出せるよう、がんばります!