小説を書いてる者ですが。

 小説家志望のときは、小説だけで食べていけないと一人前じゃない、とか思ってて、食えるか食えないか、人の収入や賞金ばかり気にしてたりしてた気がするんだけど、現実が分かりだしてからは、まあ収入は関係ないかと思うようになりました。なるようになるよね。
 どこの業界も、商売を一から一人で立ち上げて、一年目から会社員と同じ収入もらえるかってそんなことないしね。お金貯めて店開いて、最初の数年は借金返すのに必死で働いて…というのと、同じ感じじゃないでしょうか、作家もさ。中にはどかんっといく人もいるけれど。それはそれ、わたしはわたし。
 というわけで、今の生業は、学生時代からずっとやっている予備校の仕事です。文章の添削指導なので書く仕事といえば、書く仕事かなあ。8年くらいやってる。家で自分のペースでやれるので都合がいいというのもあるけれど、文章の修行になるので続けていられるんだろうな。文章が苦手な生徒が一生懸命書いたものに向き合って読み取って、文章でまたどう直せばいいのかを伝える。伝わらなけりゃ意味がないので、ものすごく必死で考えるし、分かるように書く。8年やってりゃ、何かしらわたしの栄養になってるだろう、と思う。
 ところで、先日、よみうり読書サロンという読売新聞主催のイベントで川上未映子さんがゲストに来るやつに行って来ました。応募して、参加券あたって、一人でいそいそとね。平日の真昼間に、芦屋の市民ホールで開催していて、広いホールはあっというまに観客でいっぱいになって、早めに行ったのに席がほとんど埋まっていて、どうしようとうろうろしてたら、1つだけ空いた席を見つけた。隣に座ってる若い女の子に「空いてますか?」とたずねたら、初々しい笑顔で「空いてます」と答えてくれた。わたしと彼女以外、周りは、ほとんどが初老の男性とおばちゃんたちだった。若い女性が書いた小説なんて、初老の男性はあまり読まないだろうし、純文学みたいなの、おばちゃんたちは普段、読まないんじゃないだろうか。何だか芥川賞とテレビの効果と「ヘヴン」のとっつきやすさで、国民的作家なのだな、すごいなあと思いました。大学招待枠みたいな席には、女子大生たちがくっつきあって座っていた。
 すらりと華々しい姿で川上さん登場。本当に華のある方だと思う。でもかなり笑わせてくれた。狙ってるわけじゃないんだろうけど、言うことがいちいち面白くて。そしてこちらはもっと狙ってないんだけど、生真面目な女性の記者の受け答えがミスマッチでまた面白くて。
 隣の女の子は、潤んだ目をおっきく開けて、一生懸命、川上さんの話を聞いていた。川上さんのすごくファンなんだろう。でもそれだけじゃなくて、この子は、小説というものをとても好きな子だろうな、と思った。小説を好きな人を見ると、わたしは無条件に嬉しくなる。彼女はわたしと同じ箇所で、口を開けて笑っていた。それを見て、また嬉しくなる。
 講演が終わって、彼女に話しかけてみたら、このために、徳島から一人で来たのだという。学生さんですか?って訊かれたので、うーん、2年前まで大学院生ではあったけど、たぶんこの質問の意図するところである18歳から22歳までのぴちぴちした学部生には程遠いわけで、主婦…みたいなもんかなあ…と答えた。え、学生じゃないんですか、って驚かれたので、小説を書いていて…去年本が出たばかりで…と、ぽつぽつ話しながら、一緒にサイン会の行列に並んだ。そのあと、お茶して初対面とは思えないほどげらげら大笑いして、徳島行きの高速バス乗り場に向かう彼女を見送って、家に帰った。
 デビュー前は、さんざん「小説家」って自称してたくせにねえ、と、よく友人にあきれられる。なんでだろ。小説を書いているものですが、って言ってしまう。なんか小説家って言ったら無闇に驚かれて、驚くほど大層なものには、まだなってないなあと思うからかな。いつか、小説家です、と余裕たっぷりに名乗れるようになるんだろうか。