長い電車

 つまらない作業に没頭していて、顔を上げたら外は闇だった。眩暈と吐き気に襲われる。時計を見ると、まだ17時半だった。それはかつて、夕焼けの気配すらない時間だったのに。夏の記憶が染み付いて離れない体が混乱する。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんな無為な一日を過ごすはずじゃなかった。
 かつてあたしは、移動し続けていた。ひとところにいると不安になるから。毎日何もしていなくても移動し続けてさえいれば、どこかへたどり着けるような気がしていたから。そして、毎日、空の色変わりの様子を眺めていた。
 もう一度、外を見る。闇の中、風がごうごうと吹いてくる。無数の丸い窓、黄色い明かりを発して、長い長い電車が通りすぎていく。あたしは、途切れない電車の車両を眺めながら、ぼんやりと一つのことを思っている。いつまでたってもあたしは、自分の居る場所に怯えてるのだな、と。
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三倍の速さで過ぎる窓の外、車体の揺れとずれて酔う、吐く、 /蜂子

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※蜂子さんの短歌から想起した掌編小説です。短歌+小説コラボ実験中。
蜂歌/Hello,Mr.Darkness より、短歌を転載させて頂きました。)