アゲハ

 パセリを刻む。青臭い匂いが立ち上ってくる。一つまみ口に入れたら苦い味が広がる。料理にアクセントを添える薬味としてはいいけれど、これを主食にしてもりもり育っていくアゲハの幼虫は、悪食といったって差し支えないだろう。他に柔らかくて美味しそうな草がいっぱいあるのに。よりによってパセリなど。しかも、あんなに美しくて華やかな蝶のくせに幼虫の姿の毒々しいこと。黄色と黒の縞々だけならまだいい。敵が近づいたり、手を触れたりすると、にゅーっと突然出てくるオレンジ色の触覚の悪趣味極まりない様子は、子供のわたしを驚かし、心の底からがっかりさせた。何とかライダーの新シリーズの失敗作のような、凝ってるんだけど、どこかが大いに間違っている感じ。モンシロチョウの幼虫の可憐な青虫姿をもう少し見習ったらどうかと説教したい。
 彼女にアゲハというあだ名をつけたのはわたしだった。悪食、という名をこめて。羽化する前の醜悪な姿の皮肉をこめて。
 アゲハは能天気に喜ぶと、そのあだ名、ちょっと可愛すぎないーと辞退の素振りさえみせた。が、次に会ったときは、自ら周りのみんなにアゲハと呼ばせていた。そんなに無邪気に布教されては、わたしも心が痛むというもの。
「あのさ、アゲハ蝶の幼虫ってどんなのか知ってる?」
「は? ヨーチューって?」
「だから蝶って、卵から生まれて幼虫になってサナギになって蝶になるでしょ」
「蝶って、卵から生まれるの?」
 アゲハのきょとんとした顔を見ていると、目の前に、ひらひらしたお母さんアゲハと、少しシャープなお父さんアゲハと、その間を飛ぶミニサイズのアゲハが二匹、という絵が浮かんできた。彼女の頭の中の映像が一瞬にして伝わってきたのだ、テレパシーのように。だってもう幼稚園の頃からの付き合いだもの。
「いや、なんでもない」
 わたしはアゲハの名前の由来の説明を諦めて、グラスを傾ける。アゲハちゃんって言うんだ、かわいいな、とアゲハの隣の男が猫なで声を出している。えへへーとまんざらでもないように笑っているアゲハは既に男の手が腰に回るのを許している。わたしは恐る恐る男の顔を覗いて、ため息をついた。悪食、と呟いて、カクテルを飲み干してバーテンダーにお代わりを頼んだ。  <了>