妊娠しちゃった

「妊娠しちゃった」
 と、女は言った。俺は携帯を耳から離して液晶の表示を確認する。非通知。
「あんた、誰」
「たぶん、君の知らない人」
 女の声は気だるく舌足らずだ。
「どうして俺の知らない人が俺の携帯にかけてきてそんなこと告げるわけ」
「あなたに認知してもらうためよ」
 電話の向こうの女は真面目な口調で言い切った。ものすごいたちの悪い冗談だし、俺は今から寝るところで明日も朝が早い。ふざけんなよ、と言いたいところを堪えて、黙って携帯を切ろうとしたけど、女は耳元で甘い声で喋り続ける。
「ねえ、君。背は、小さい? 大きい?」
 背は小さい大きいじゃなくて低いか高いだろ、馬鹿。
「高いかな、バスケしてたし」
「あ、いいね。男の子が生まれたらバスケ習わせよう」
 小さな庭、子供用のバスケットゴール、息子とバスケの練習をする俺。そこまで思い浮かべて、我に返る。
「あのさ、君ほんと誰? 俺しまいには怒るよ? どうして俺が君の子供の父親なのさ。心当たり全くないし」
「全くない?」
「全くないね」
 俺は堂々と自信を持って答える。悪いけど俺はここ一年セックスしてない。
「ここ一年一度も精子を出してないって言える?」
 え、ちょっと待て。精子は出す。大いに出すさ。出さないとあれは生理現象だし。というか、何それ。出した精子が俺の知らないうちに利用されたりするわけ? 一体どうやって。
「話は変わるけど」
 いや、変わるなよ、という突っ込みを入れる暇もなく女は喋り続ける。
「もしよ、私がお金持ちのお嬢様で、子供を認知しさえすれば私と結婚して一生遊んで生きていけるとしたら、認知する?」
「は?」
 俺は一瞬止まった思考を慌てて稼動させる。
「しねーよ」
「五秒考えた」
「考えてない」
 私が男なら絶対認知するのにもったいないなあ、と女は言う。そんなこと言われるともったいない気がしてくるが、いや待てこれは仮定の話であって。
「他にも聞いておくことがあるんだけど。目が悪いかどうかと、髪がくせ毛かストレートかと、あとは」
「あと何問あるわけ?」
「えっと、二十三問」
 ピッ。
 俺はすかさず携帯を切って電源もオフにした。
 次の日、大学に行くと、赤い目をした眠そうなやつらが五人もいた。
「お前ら全部答えたわけ?」
 全員頷く。よくよく聞いてみれば、最後まで質問し終わった女は、他にも答えてほしい人がいたら紹介してねと言うそうだ。どうやら最近流行のバトンとかいうやつだそうだ。やれやれ、暇人どもめ。<了>