動物園の動物たち

 映画アース観ました、よ。自然ドキュメント好きとしては外せない。大画面で貴重な映像見れて幸せ。しっかし、最後に地球を守ろうみたいなメッセージで締めくくられるのがイマイチだったな。本当に地球の美しい映像に感動したなら、そんなこと言わなくても観客の心に刻み込まれてるはずなんじゃないか。とても白々しい気分で見終わってしまった。あと、可愛くて愛らしくて親近感湧く哺乳類ばかりでまとめすぎ。可愛かったら保護したくなるもんね、人間というやつは。ほら可愛いだろ、保護しようよ、という意図が見えるみたいで。蛇だろうがグロテスクな昆虫だろうが、守ろうぜ? んでもって、「アース」と銘打って、環境保護を訴えたいなら、そこに人間の姿も入れて欲しかった。北極や砂漠やサバンナの厳しい環境で生き抜く動物たちに感動しても、それはどこか遠い場所の出来事のようで今のわたしの生につながらない。日常に戻れば、高いビルディングと人間の作り出した無数のルールに囲まれて数字だらけの生活に没入する。彼らと同じ地球に生きているのだ、という実感が沸かない。人間を意図的に取り除いた地球の映画。メッセージはわたしには不発。 ただ、過酷な環境を生き抜く動物たちの姿は素直に心を打った。

 さて、土曜日に動物園に行ってきました。カメラ持って張り切って行ったのに、三枚撮っただけでカメラ壊れた。(後日強引に自力で直しました)
 仕方ないので、PHSで撮った。どこでも携帯出して撮影する若者たちは何だかこう興ざめなところがありますが、わたしの持ってる機種はwillcomの「es」。知らない人にはこれが携帯電話だと分からないごっついボディーの白い小悪魔です。なので和やかな動物園の光景を邪魔しなかったと思います。ただ液晶が光って外では何も見えない…。こころの目でシャッターを押すのでした。

 

ポラロイドみたいなもんだ、画質の荒さやズームのなさも味だ、と思い込む。

 ところで子供の頃からずっと動物園に行くと、檻の中のとらわれの動物って可哀相だなあという気持ちになってたのですが、「アース」を見て以来、こいつら幸せものだよ…思うようになりました。野生動物は常に生きることで精一杯。餌が豊富な場所には敵がいっぱいいていつ食われるか分からない。敵がいないところに住めば過酷な餌探し生活。敵に食われない巨大な体に進化したら、餌探しに苦労する日々。捕食者として強くなっても、狩りに敗れたら餓死が待っている。野生動物は確かにどこへでも移動できるけれど、常に生きるために次々と襲い掛かる試練と戦い続けなくちゃいけなくて、少しも自由ではない。ごはんもらって、環境整備してもらって、敵がいなくて、生きるということに関して自分で何の心配もしなくていい動物園の動物たちは、ある意味「生きること」以外の心配に時間を避ける自由を獲得したと言えるんじゃないか。なんて思ったり。空を飛ぶ鳥は自由じゃない。彼らだって外敵がいなけりゃ、わざわざ苦労して飛びたくないんだよね。敵のいない島で暮らして羽根が退化して飛べなくなったドードー鳥のように。
 
 空を飛ばなくてもいいという自由を有り難く噛み締めつつ生きていこうと思います。