サリンジャーが亡くなった
「ライ麦畑でつかまえて」の作者として有名なアメリカの作家サリンジャーが27日91歳で亡くなった、というニュースを聞いた。私生活に触れられることを嫌って隠居していた彼だから、きっと亡くなってもわたしたちはそのことを知らずに何年も過ごしてしまうのだろう、いや、もう既に亡くなっているのかもしれない、と思っていたので、その訃報はわたしの中の彼を生き返らせ、そして再び向こう側へ追いやったことになった。
1965年に最後の本を出版して以来、確固たる信念のもとに新作を発表しなかった彼がついこの間まで生きていて亡くなったということを、読者としてのわたしは何て捉えたらいいのかよく分からない。彼は望みどおり心安らかな晩年を迎えられただろうか。新作が発表されなくて惜しいとかもどかしいとかそういう気持は少しもなくて、彼の作品は彼のものなのだから、彼がしたいようにすればよくて、それを貫いたサリンジャーの作家人生は、作家としていいとか悪いとかを越えて、一個人の生き様として印象深くわたしの中に刻みこまれている。
「ライ麦畑でつかまえて」の主人公ホールデン少年もいとおしいけれど、彼が生み出したグラース家の兄弟たちがわたしは大好きなのです。彼らはちりぢりの短編の中でほんの一部分ずつしか語られていない。パズルのピースのように短編を寄せ集めて見える背景。でもその不完全な背景なんて気にならないくらい、一人一人の一瞬の生が短編の中で強い光を放っている。
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これら全部を読んだからといって、グラース家の兄弟たちの様子が明らかになるわけではないし、何も解き明かされない。ただ、そういう兄弟たちがありありと存在していて、彼らのエピソードをちょっとだけ語ってもらったというだけ。
サリンジャーがこれ以上語るつもりがあったのかなかったのかは分からないけれど、物語は終わっていない。終わっていないからこそ、彼らは作者が語るのをやめたあとでも相変わらず生き続けて物語を増殖させ続けている気がする。