実践的掌編:千円愛

 毎月毎月律儀にやって来て、嫌な顔したら、健康のしるしだとかのたまって、女やろ仕方ないやろってもう問答無用で上がり込んで長居していくずうずうしさ、来ないと困るやろってそんな困らへん、なくても元気にやってみせるわ、って啖呵切っても聞いてないし、向こうのペースだし、しょうがなくやつの居る数日間は体重いわ頭痛いわ腹ねじれそうだわ気分悪いわ血出るわで、瀕死の思いで過ごしてようやく帰るかと思えば、ほなまた来月って、送り届けるこっちも慣れない大阪弁になるわな、もう来んでええ。
 そんな苦労知らんやろ。そんな毎月のしんどさの上にできあがってるんやで、そのおっぱいとかやらかい尻とかぬるぬるした穴とか。ほらその両手のお、っ、ぱ、い、の話してんのやで!と、三日前のおっさん、わたしの上で忙しくおっぱい吸ってる、に話しかけるけど、無視。まるっと無視。三日前に言えばよかったわって後悔しても時は遅い。それでもわたし今な、腹痛いわ頭重いわで苛立ってるから、何度もしつこく叫んでたら、さすがのおっさんも三日前とは言え少しは何か感じたらしく、あとにせいあとにせいってせっせと動いたあとに、終わったあとのへにょへにょしたちんちんぽりぽりかきながら、これでいいかって五千円札取り出した。財布から。
 言ってみるもんや、わたし、にこにこして受け取ろうとしたら、のっぺりした一葉がじーっとわたしを見る、値段交渉せよと言っている。
 …五千円安くないか、わたしは小さな声で言うてみる、が、相場を知らないので自信がない。一葉が一枚のちらしを授けてくれて、裸のおねえさんを指さしながら60分一万五千円とささやいた。しかも本番なし、と付け加える。リハーサル料金? 
 せやけどこっちはプロやないか、お前はただ寝てただけやんか、とおっさんが自信たっぷりに言うので、なるほど、そりゃそうか、納得、しそうになったら一葉に頭をはたかれる。阿呆、と一葉が怒ってる、なんでこんなに燃えているのか、この人は、他人のことやのに。他人やあらへん、女やないの、と言われるとなるほどそうやなとしゅんっとなって、この目の前のおっさんは毎月のどろどろを知らんのやと思った。もっと自分を大事にせいや、と一葉は言うのだ、さすが五千円札の貫禄で。でも五千円札、すぐ崩されるねんけどな、と話が脱線するかと思えば、むんっと戻って引き続き、わたしを睨んでる。
 迫力に気圧されて、わたし、自分大事にとかめんどくさいんです、と敬語になってしまい、大事にとか、何でも、めんどくさくて苦手なんです、すぐなくすし壊すし、と子供のように訴えると一葉呆れたのか、ますます無表情になって怖い。
 自分を大事にするのがめんどくさいなら、人に大事にしてもらえばいいのです。
 突然どこからか凛とした声が聞こえ、何それどういうこと、そんな都合のいいことがあるんか、あるなら教えて欲しい、と声の方向に向かって叫んだら、それが愛なのです、と、声、きっぱりと断言。愛か、愛すごいな、それいくらで買える、セックス何回分? どこにあるのん? あんた誰。きょろきょろしてたらおっさんの手がぬっと差し出されていて、声はそこから。
 しゃあない、ほら、追加。目を落とす、野口英世がわたしをみて、にっこりと笑った。

川上未映子「乳と卵」の文体で掌編を書くという実践)